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熊本家庭裁判所 昭和48年(家)678号 審判

申立人 小林美智子(仮名) 外一名

右法定代理人親権者父 小林成一(仮名)

相手方 今井寿子(仮名)

主文

本件申立を却下する。

理由

第一申立の趣旨並びに理由

申立人両名法定代理人小林成一は、「相手方は、申立人両名に対し、養育料として申立人らが満二〇年に達する月まで、相当額を毎月末日限り支払え」との審判を申立て、その理由として「申立人両名の父小林成一と相手方とは、昭和三三年九月一三日に戸籍届をして婚姻し、双方間に申立人両名が出生した。しかるところ申立人両名の父小林成一は、昭和四三年六月頃受傷し、昭和四五年一二月まで入院を余儀なくされたところ、この間相手方は今井英雄と通じ婚姻生活を破壊するに至つた。そして申立人両名の父と相手方とは昭和四五年七月二日に調停離婚し、子たる申立人両名の親権者は父たる小林成一と定められ、同人に申立人両名は引取られた。この調停の際子たる申立人両名の養育費については何らの定めはなかつた。その結果申立人両名の父は、不自由な身体で申立人両名を養育せざるを得ず、このままでは生活の破綻をきたすので、相手方に養育料の支払を求め本申立に及んだ次第である」と述べた。

第二本件申立の背景

昭和四五年(家イ)第二四一、二四二号夫婦関係調整、慰藉料請求調停事件、昭和四七年(家イ)扶養、慰藉料請求調停事件及び本件扶養審判事件の各一件記録を総合すると、申立人両名法定代理人親権者父小林成一が本件申立をなすに至つた背景は以下のとおりであることが認められる。

一  申立人両名法定代理人親権者父小林成一と相手方は、昭和三三年九月一三日に戸籍届をして法律上の夫婦となり、双方間に申立人両名が出生した。

結婚後双方は、熊本県山鹿市内に居を構え、小林成一は、金融業を営んでいたが、その経営は不振で昭和三五年頃多額の負債をかかえて倒産するに至り、同人は不動産等を処分してその負債の支払に充て、その後同人は、自動車運転手をしたり、尼崎市方面に出稼ぎに行つたり、伐採木材の搬出人夫をしたりして収入を得ていたが、その間に上記のとおり申立人両名が出生した。

二  しかるところ小林成一は、昭和四三年六月頃伐採木材の搬出人夫として稼働中、事故で肋骨を骨折し、二年半余に亘つて入院するに至つたのであるが、その間相手方は夫たる小林成一の看護、申立人両名の世話及び生活費を補うために働きに出るなど一家を維持するためにいろいろと奮闘したのであるが、夫たる小林成一は、相手方のこの苦労を理解せず、かえつて相手方の貞操を疑がつてその行動に干渉したり、暴力を加えたりした。そして相手方がこの間の心痛を母方の従兄弟にあたる今井英雄に訴えたりしていたところ、それが機縁で同人との間に情交関係が生じ、結局相手方は、昭和四四年暮頃小林成一の許を去り、長崎市内で今井英雄と同棲するに至つた。

(もつとも相手方と今井英雄が情交関係を生ずるに至つた時期、経過等につき、小林成一はこれと異なつた主張をするのであるが、大略は上記のとおりと認められ、また次に述べるごとくその後同人と相手方間に調停離婚が成立したので、この点の経過を明らかにしなければならぬ必要はなく、よつてこの問題にはこれ以上立入らないこととする。)

三  そこで小林成一は、相手方及び今井英雄を相手方として昭和四五年四月に離婚等並びに慰藉料の支払を求めて当庁に調停を申立て(当庁昭和四五年(家イ)第二四一、二四二号調停事件)、同年七月二日に小林成一と相手方とは離婚する、双方間の子たる本件申立人両名の親権者を小林成一とする、相手方と今井英雄は、連帯して小林成一に金一〇〇万円を支払うとの調停が成立した。

四  上記小林成一と相手方との離婚成立後、相手方は今井英雄と法律上婚姻した。他方小林成一は一時本件申立人両名を手許で養育監護していたが、昭和四五年六月頃申立人両名を養護施設○○学苑に預けて働きに出るようになつた。

五  しかるところ小林成一は、上記調停離婚成立後の昭和四七年九月一四日に。当庁に、自身が申立人となり、相手方に養育料金五〇〇万円を支払えとの申立及び本件申立人両名の法定代理人として、相手方及び今井英雄に対して、申立人両名の父の婚姻生活を破壊して申立人両名に苦痛を与えた慰藉料として申立人各自に金二五〇万円宛を支払えとの調停を申立てた。(当庁昭和四七年(家イ)第六三八、六三九号調停事件)

しかしながら相手方らにおいて、小林成一が要求するような金額を支払う余裕はないとして調停に応じなかつた。そこで小林成一は、民事訴訟を提起するといつて、昭和四七年一一月二四日に上記調停を取下げてしまつた。その後同人は、相手方らを被告として民事訴訟を提起したようであるが、扶養料については家庭裁判所の管轄であるとの示唆を受け、再び本申立に及んだ。

六  ところで小林成一は、本申立の理由においては、あたかも同人が申立人両名をその手許で養育監護しているかのごとき主張をなしまた本申立の申立書の住所記載にもその旨記載していたのであるが、手続をすすめるうち、同人は住み込みでホテルのフロント係をしており、申立人両名は施設に預けていることが判明した。また同人は、上記調停離婚後も再三相手方にその態度を責めたり、あるいは子供達のことを考えて戻つてくるようにとの電話・手紙をし、そのため相手方は、夫たる今井英雄に気がねしている状態にある。

第三申立人両名法定代理人、相手方の各資力及び申立人両名の生活状況

前掲各証拠によれば、申立人両名の法定代理人小林成一は、現在ホテルのフロント係として勤務しており、その収入は、住み込みの食費を差引いた後の手取りが約金五万五、〇〇〇円であること、他方相手方は夫今井英雄と二人暮しであるが病弱のため働きに出ることができず、専ら今井英雄の収入で生活しているところ、同人は自家営業でその収入は昭和四八年が年収金八八万円位、昭和四九年はそれを上回つて金一〇〇万円位と推測されるが、同人は申立人両名に対する扶養料の支払については非協力的であり、これに加え相手方及び今井英雄が離婚に際し小林成一に対して支払つた金一〇〇万円の慰藉料は、親戚等から借受けたものであるところ、未済分があり、その返済を続けていることもあつて余裕がなく、さらに上記のごとく小林成一の再三の電話・手紙のため夫たる今井英雄に気がねせざるを得ない状態にあることもあつて、相手方としては今井英雄に扶養料の支払につき協力を求めることができないこと、前認定のとのり申立人両名は目下施設に預けられており、申立人美智子は高校生同康夫は中学生であるところ、申立人美智子については県からの補助等により、また申立人康夫については義務教育であることから、両名の教育費については小林成一において負担する必要はなく、同人において月額金五、〇〇〇円程度を施設に納入すれば、それをもって申立人両名は日常必要な品を施設から給付を受けているので、結局同人の負担はこの金五、〇〇〇円、児童福祉法五六条に基づく負担金及び申立人両名に対する小遣い銭のみであること、しかるところ負担金は昭和四六年度以降申立人両名の分として月額金一、三二〇円相当であり、また小遣い銭は施設の方針としてなるべく与えないようにしており、従つて月額せいぜい金五、〇〇〇円相当ではないかと推測されること、の各事実が認められる。

第四申立に対する当裁判所の判断

上記申立人両名の生活状況等から明らかなことは、申立人両名は養護施設において安定した生活をしており、かつ小林成一が申立人両名のために負担せねばならぬ費用は月額金一万二、〇〇〇円ほどでそう多額ではないということである。そして小林成一と今井英雄の収入差及び小林成一が上記のごとく申立人両名の扶養をしていることを考慮すると、同人の生活程度より相手方の生活程度が若干上であると認められる。しかし小林成一は住み込みで働いており、少額の食事代ですむことを考えるとその収入差に見られるほどその生活程度に差はなく、社会的階層としては同程度といつて過言ではないと思われる。

そして小林成一が、自己に不貞をはたらいた相手方及び今井英雄を心良く思わず、かつ同人らが自己より上位の生活程度にあることに反感を抱いていて、それが本申立のひとつの動機となつていることは、上記本申立の背景においてみた事実から充分に推察できる。しかし双方間の葛藤は、調停離婚によつて解決済みであり、現在では双方の生活の安定、幸福をまず考えるべきことは明らかである。

ところで一般には親は、自己が親権者であるか否かとは関係なく自己の生活程度を下げても未成熟の子が自己と同程度の生活が営めるように経済的な負担をする義務がある。しかし親が再婚し別個の共同生活をしている場合にあつては、その親は、まずその共同生活のために最低必要な費用を留保できることは当然であり、また子らが安定した生活をしているのに新たな共同生活を破壊してまで子供の生活程度を上げるため扶養料を負担する必要はないと考えられる。

そうすると前記のごとく申立人両名は施設において安定した生活をしており、小林成一と相手方の生活程度は相手方がやや上位とはいえさして差はなく且つ相手方は主婦で自己の収入とてなく、夫たる今井英雄の助力なくしては養育料の負担はできないところ、同人が非協力的で、負担せねばならなくなると婚姻生活が破綻するおそれさえあること等の事情が認められる本件にあつては、相手方に申立人両名の扶養料を負担させることはできないと判断せざるを得ない。

よつて本件申立はその理由がなく、これを却下することとし、主文のとおり審判する。

(家事審判官 岡部崇明)

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